めのうさとえすこな散歩

神社な日常 知って得する神社のあれこれ ~ 出雲大社の数字のあれこれ編 その2 ~

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みなさまこんにちは。
オンラインショップの朝倉です。
ブログを更新しました。
しばしお付き合いください。

前回に引き続き、
出雲大社に関わる「数字」を
あれこれ調べていきます。

前回をお読みでない方は
よろしかったらこちらから。

~ 出雲大社の数字のあれこれ 編 ~

前回は本殿の後ろの方まで
行ってしまいましたがちょっと戻ります。

古代、出雲大社は48mあったと言う説が
絵空事といわれていた時代があります。
それを覆したのが2000年の出来事でした。
出雲大社境内遺跡から
鎌倉時代のものとされる柱が発見され、
高層神殿の存在を証明するものとして
注目されました。
出雲大社-
出雲大社HPより引用。

千家國造家(出雲大社の宮司家)に伝わる
本殿の平面図にある通り、1本1.3mほどもある
柱を3本束ねた状態で発掘されました。

写真からは解りませんが
柱からは朱色のベンガラが確認され
鎌倉時代の出雲大社本殿は朱色だったことが
解りました。

現在は八足門前にはその柱の跡がわかる様、
発掘した場所にほぼ同じ寸法で示されています。

束ねられた三本の柱を囲む円の直径は
3mにもなります。

柱の実物は古代出雲歴史博物館と
出雲大社の境内にある神祜殿(宝物館)に
展示されています。
写真は大きさを模したものです。
博物館には前方真ん中の「宇豆柱」、
大社神祜殿には社殿中心の柱である
心の御柱(大黒柱)が展示されています。

劣化を防ぐため、樹脂を浸透させるのに
5年かかったそうです。

古代出雲歴史博物館の宇豆柱。

本殿参拝後は
時計と反対周りに参拝しましょう。
本殿に向かって右手に進みます。
本殿向かって右手にあるのが東の十九社。

対になる様に西にも西の十九社があります。

実際に扉が19枚ある社殿です。
旧暦10月に全国から八百萬の神々が
集まられた際、神々がお泊りになるお社で
神々が滞在されている期間のみ、
扉が開けられます。

また全国の神社の遥拝所ともいわれ
東の十九社は
出雲大社を基準に
東にある日本の神社の、
西の十九社は
西にある神社の遥拝所と
いわれています。

十九社の「19」の理由は「」が始まりで
」は終わりを表し、
始まりと終わりが隣どうしにあることで
永久無限を表すと伺っています

東の十九社に隣接しているのが
「釜社(かまのやしろ)」。
ご祭神は食物神ウカノミタマ。
そう、お稲荷さんの神様です。

よく、赤い鳥居がいくつも並び、
赤い社殿のイメージですが、
出雲大社は他の社殿と変わりなく
妻入り檜皮葺の作りで、
狐さんもいないのが特徴ですね。

このお社はその名の通り、
社殿内には「神釜」、お釜
収まっています。
11月23日に斎行される「御釜神事」で
その姿を目にすることが出来ます。

本殿の後ろにある素鵞社(そがのやしろ)。
ご祭神はスサノヲ。
古事記ではオオクニヌシの6代祖先、
日本書紀では御親神と書かれています。

今では「御砂」が有名ですね。

出雲大社背景。

本殿をもっとも近くで
見上げることが出来る場所です。
24mの高さは現代のビルの15階建に
相当する高さといわれているそうです。

西側の参拝所。

オオクニヌシは御本殿の玉座に
こちら向きに鎮座されている事から
正面からの参拝するために設けられました。

こちら向きに賽銭箱や案内板があります。
以前はちょこんとある賽銭箱だけでしたが
最近はこちらからの参拝も
当たり前になっていますね。

では神楽殿に行ってみましょう。

神楽殿といえば、なんと言っても
長さ13.6m、重さ5.2tの大注連縄。

2018年7月に掛けかえられた大注連縄も
3年が経ち、落ち着いてきましたね。
余談ですが出雲大社の日本国旗は
75畳の大きさ。
この寸法は縦8.7m13.6m
注連縄の横の長さは
国旗の横幅とほぼ同じ長さです。

1981年に建て替えられた神楽殿の大広間は
270畳の広さがあり、旧正月や6月末の
夏越しの祓いの際に昇殿が出来たのですが
コロナ禍の今、神事や行事が見送られ
ちょっと残念ですね。

摂社の命主社に行ってみましょう。
境内から北島國造館へ。
四脚門を通ります。

1664年北島國造館が現在地に屋敷替の際、
お屋敷と共にこちらの四脚門も移築されたと
いわれています。

敷地内の土塀には5本の線が施されています。

これは筋塀(すじべい)と呼ばれ
線の数が格式を表します。
5本はもっとも高い格式の塀だそうです。

社家通りに出ます。

こちらは出雲大社の神官の方が
多く住んでいた事があったので
そう呼ばれています。
天平年間(729〜748年)に作られた古道で、
北山の山裾を通り松江の国分寺や国庁、
そして美保関までその昔は伸びていた
古道なのだとか。

出雲大社から200mほどで命主社に着きます。

こちらのシンボルとも言える
樹齢1000年ともいわれる椋の巨木です。
高さ17m、根本回り12mもあり、
板状の根が発達し、2m近くも
根上りしています。

本殿裏には荒神さんがあり、
江戸時代、この場所には巨石がありましたが
出雲大社遷宮の際、石垣に使われて
今はその影はありません。

その際、巨石の下からヒスイ製の勾玉と
九州で作られた銅戈が発見されました。
レプリカを古代出雲歴歴史博物館で
観ることが出来ます。

(1)土地にうもれた神話

この辺りには3つの巨石があったそうですが
そのうちの二つは石垣になったのだとか。
境内左端から奥の竹林の先に残りの一つを
目にすることが出来ます。

竹林は私有地ですので入られませんように。

以前行くことが出来た際に間近で見ましたが
石ノミが入れられた跡があり、いくつかに
割られた様です。江戸時代にはもっと大きな
岩だったのでしょう。

今回も出雲大社に関わる数字を
ご紹介しました。

本日もお付き合いくださって
ありがとうございます。
またの更新をお楽しみに。
ご自愛下さいますように。

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