鉱物と暮らしのアイデア帳

【後編】出雲は“トレンド発祥の地”?勾玉から紐解く出雲の歴史|夏生さえりさん×笹生衛國學院大学教授

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「出雲大社」と聞いて「あぁ、縁結びが有名なところでしょ?」という知識しかなかったわたし。
本記事の前編では、なぜ出雲は縁結びで有名になったのか。そもそも出雲大社はなぜ造られたのか……?など、幅広くお話を聞かせていただきました。

そして後編では、さらに“日本神話”や“出雲”が身近に感じられる話題が。

・日本神話に出てくる神様は、意外と人間くさい

・皇居にある三種の神器のひとつ「勾玉」は、誰も見たことがない!?

・トレンド発祥の地であった古代出雲で、日本人の色の好みが変化した

これまで何の知識もなく「○○君と付き合えますように!アーメン!アーメン!」とお賽銭を投げていた(わたしのような)方は、ぜひ読んでくださいね。


笹生 衛(さそう まもる)
國學院大学教授・祭祀考古学

昭和36年千葉県生まれ。國學院大學大学院文学研究科博士課程前期修了。千葉県教育庁、國學院大學神道文化学部准教授を経て現職。『日本古代の祭祀考古学』(吉川弘文館・2012年刊)、『神と死者の考古学』(吉川弘文館・2016年刊)など。

誰も見たことがない“三種の神器”

写真/出雲大社所蔵、古代出雲歴史博物館提供

前編では、「出雲大社」は高さ48メートルもある巨大神殿だったこと……、そしてそれほど大きく造られたのは「日本神話」に出てくる“オオクニヌシ”という神様が関係していることなどを伺いました。


▲“出雲”という国を譲ってほしいと言われたオオクニヌシは、「天皇が住んでいる場所と同じくらい大きな神殿を造って、そこにわたしを祀ってくれるんだったら、静かに鎮まってあげてもいいよ」と返事をした

「祀ってくれたら、静かにしてあげてもいいけどぉ」と言い出すのって、神様なのに見返りを求めているのが、ちょっと面白いなぁと思いました。
イメージする「厳かな神」とは違い、人間臭くて共感できるエピソードかもしれませんね。日本神話は今の私たちには馴染みがないと思う人も多いかもしれませんが、日常に根付いている例もあるんですよ。
未だに根付いているものがあるんですか?
はい。今年、新たに天皇が即位され、「剣璽等承継(けんじとうしょうけい)の儀」が行われましたね。テレビでも放送されましたが、覚えていますか? その時に新天皇が受け継いだのは、三種の神器(しんき)のうち、剣と勾玉のふたつだとされています。これらは日本神話にも出てくるんですよ。
えっ。そうなんですか? 儀式の様子は覚えていますが、何なのかはよくわかってませんでした。剣と勾玉……って、なんですか?
まず三種の神器とは、天皇の位を象徴するとっても神聖な宝、「神宝」とも言えるものです。
「八咫鏡(やたのかがみ)」と「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)」、そして「八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)」です。
具体的にはどういうものなんでしょう?
はい。また神話のお話になるので、順番に説明しますね。今回もできるだけわかりやすく省略しながら話しますから、より深く知りたい方は是非調べてみてください。

まず、「八咫鏡」です。
日本神話によると、天照大御神(アマテラスオオミカミ)が洞窟(※1)にこもられてしまったことがあったんです。アマテラスオオミカミは太陽の神様ですから、世界は暗闇となります。

※1 『日本書紀』では天石窟(あめのいわや)と表記される

世界が暗闇に? それは困ってしまいますね。

はい。なので、アマテラスオオミカミに出てきてもらえるよう、洞窟の前でお祭りが行なわれて、岩の外は賑やかになったんです。「なんだか楽しそうだなぁ」と思ったアマテラスオオミカミが様子を窺おうと洞窟の戸を少し開けたところに、大きな美しい鏡「八咫鏡」が差し出されます。

アマテラスオオミカミは、その鏡に映った自分の姿に「とってもまばゆい、素敵な神様がおられるけれども誰かしら?」と身を乗り出し……この世界は再び光を取り戻しました。

(自分の姿につられて出てきた……!?)

続いて、「草薙剣」です。スサノオノミコトという人が、神様の国であんまりにも暴れたので追放されて、出雲の国のとある川の上流にやってきます。

すると、悲しんでいる老夫婦に出会うんです。理由を聞けば、「娘の奇稲田姫(クシイナダヒメ)が、八つの頭をもつヤマタノオロチに飲まれてしまう」と。スサノオノミコトが「オロチを退治するから、娘を妻にしてもいいですか?」と尋ねると、老夫婦は了承するんです。

結婚のチャンス!
そこで、スサノオノミコトは姫を櫛(くし)に変え、髪に挿して、ヤマタノオロチに多量の酒を飲ませ、酒に酔ったところを斬りかかり、退治に成功します。
(櫛に変えたあたりからついていけなくなった)。
その後、ヤマタノオロチの体を切り刻んでいくと、尻尾の部分から一本の剣が現われました。これが「草薙剣」です。

ちなみに「八尺瓊勾玉」は?
アマテラスオオミカミが洞窟から出てくるように、「八咫鏡」と同じように、大きく立派な勾玉も、捧げ物として榊の木に下げられました。これが「八尺瓊勾玉」です。

(最後のだけ、ちょっとインパクト弱い!?)

神話に出てくるこの3つの宝ですが、刀は強烈な力を表し、鏡はあたらしい文化を象徴している。そして勾玉は、いつまでも色褪せない美しさを表しています。

そしてその勾玉は、三種の神器の中で唯一、実物が皇居にあるんです(※2)。

すごい! 日本神話に出てくるものと同じ、本物があるんですか!?
はい。でも……儀式で使われるのは三種すべてレプリカ。本物の「八尺瓊勾玉」は誰も見たことがないと言われています。
え!? 実物があるのに、誰も見たことがない?
はい。天皇ですら見たことがない、と。それほど貴重なものなんですね。
この世に“誰も見たことがないものがある”なんて、ロマンがありますね。それにしても、剣と鏡はまだなんとなくわかるけど、勾玉って何なんでしょうか? なにやらパワーがありそうなイメージはあるのですが……
実は、勾玉は出雲に深く深く関係のあるものなんですよ。勾玉の歴史についてもちょっとお話しましょう。

※2 現在、「八咫鏡」は伊勢神宮に、「草薙剣」は熱田神宮に祀られています。平安時代初期(807年)に記された『古語拾遺』という書物によると、第10代の崇神天皇の時代、「八咫鏡」と「草薙剣」の写し(レプリカ)を新たに作り、宮中に留められ、天皇の護りの神宝とされたそう。この後、宮中に留められた鏡は賢所に祀られ、剣は勾玉(八尺瓊勾玉)とともに、天皇のお側に置かれることとなった。

勾玉の歴史は縄文時代から!

そもそも勾玉は、縄文時代中期(約5000年前)から存在していたと言われています。その後、縄文時代後期(約4000年前)には、動物の牙を模倣した、勾玉の原形のような玉が作られるようになりました。
そんな昔から、勾玉の原型があったんですか!?

そうなんです。この時代には、大きな土偶や男性器をかたどった石棒、様々な装飾品などが作られて、宗教的な儀礼に使われていたんですね。そういった時代背景の中で、勾玉のような美しい石の玉も作られたようです。

でも、勾玉の直接の起源は、まだはっきりとしたことはわかりません。動物の牙ではないか?という見方もあるようですね。

その後、弥生時代になると、現在の形に近い、丸みを帯びた勾玉の形に変わっていきます。


▲新潟・糸魚川産のヒスイの勾玉(画像提供:めのや)

弥生時代になって勾玉に使われた石は、ヒスイでした。その美しさに、原始・古代の人々は神秘性を感じたのでしょう。当時は基本的には緑の勾玉ばかりだったと考えられています。
ふぅん、どうして緑だったんでしょうか……?
なんででしょうね。緑色に豊かな生命力を連想したのかもしれません。これは、あくまでも推測ですが。
なるほど。
その後、古墳時代の前期(3〜4世紀頃)から古墳時代の中期(5世紀頃)にかけて、人々の考え方や社会のあり方は大きく変化したようで、勾玉の色にも変化が現われたんです。


▲赤いメノウや、透明な水晶の勾玉 (画像提供:めのや)

これまで緑色のヒスイが中心でしたが、色々な石材が勾玉に使われるようになりました。例えば透明な水晶、赤いメノウ、緑色の碧玉など。この変化は、“出雲のおかげ”といえるかもしれません。
出雲のおかげ、ですか?

はい。出雲は、朝鮮半島から様々なものが入ってくる場所。

外国のさまざまな文物を見て、日本人の色彩感覚が変化していったのでしょう。緑色ばかり作っていた時代に終止符がうたれたのは、いわばトレンド発祥の地であった出雲のおかげでした。

それに、勾玉に使われるメノウや碧玉は、出雲から産出するものが使われたんですよ。

なるほど!!! 海外から新しいものがじゃんじゃん入ってくる出雲で、緑色ばかり作っていた時代に終止符が打たれ、「カワイイ」が変化していったんですね。
女の子たちが「え〜? ヒスイばっかじゃつまんなくね? 勾玉も赤とかにしたらかわいくね?」「たしかに〜!やってみよ!」ってなったと。
そうかもしれません(笑)。出雲は、日本列島の中で新しい文化がはいってくる場所であり、良質なメノウや碧玉の産地。その後も「玉造り」において全国をリードする地域ともなっていったようです。
面白い。人々の勾玉ブームっていつまで続いたんですか?

奈良時代(8世紀)には、勾玉は作られなくなったとされます。今はまた作られていますから、その後復活したわけですが……。

聞いたところによると、現在の出雲で勾玉を作れるのはたった5人だけだそうです。

えっ、5人だけ!一度、途絶えた勾玉が、もし再び途絶えるようなことがあったら悲しいですね。出雲にどんな歴史があるのか。名産である「勾玉」はどんなものだったのか。すこしわかった今、改めて出雲に行ってみたい……。それに神話も、もっと詳しく知りたくなりました。
ぜひ一度、読んでみてほしいです。『古事記』『日本書紀』に書かれた出雲の神話は、この国の成り立ちを語るとともに、物語としての面白さもあわせ持った内容です。人間くさい神々の逸話も魅力の一つですから、楽しめるはずですよ。
お話、ありがとうございました!

最後に

出雲大社はかつて巨大な神殿であり、「神話」が大きく関係していること、そして神話の片鱗は未だに息づいていること……。「わたしに神話は関係ない」と思っている多くの人が、知らず知らずのうちに神話と関連して生きているなんて、聞けば聞くほど面白みは増すばかりでした。

また「勾玉」は、神話から今に至るまで形を変えずに存在している貴重なもの。長い歴史を経て、今なお手に取ることができるなんて本当に不思議ですよね。職人が技術を受け継いできたからという現実的な功績も大いに関係しているでしょうが、それ以上に勾玉自体に、人が知らず知らずに惹かれてしまうような大いなる力を感じざるを得ませんでした。

今回お伝えできたのはあくまでほんの少し。
もし気になった部分があれば、自分でもいろいろと調べてみてくださいね。それでは、またねー!

記事作成協力) めのや

撮影:友光だんご
編集:Huuuu.inc
イラスト:藤田マサトシ

執筆:夏生さえり

フリーライター、CHOCOLATE.inc プランナー。大学卒業後、出版社に入社。WEB編集者として勤務し、2016年4月にライターとして独立。企画、取材、エッセイ、シナリオ、ショートストーリー等、主に女性向けコンテンツを多く手がける。著書に『今日は、自分を甘やかす』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『揺れる心の真ん中で』(幻冬舎)、他。
Twitter:https://twitter.com/N908Sa

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