めのうさとえすこな散歩

古事記と出雲㉖ スサノヲの降臨 ~ 八岐大蛇退治その13 長者の福竹・大森神社~

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みなさまこんにちは。
オンラインショップの朝倉です。
ブログを更新しました。
しばしお付き合いください。

前回の八岐大蛇退治その12では
スサノヲの妻、
クシナダ姫に視点を変えて
まつわる神社をご紹介しました

今回もちょびっと視点を変えてご紹介します。
まずはクシナダと御親神の二神の足取りです。

古事記ではスサノヲがクシナダと結婚し
クシナダを櫛に変え自身の髪に刺します。

そしてオロチ退治に突入するわけですが
しばらくクシナダの記載がありません。

御親神のアシナヅチ、テナヅチも
八塩折の酒を醸したり、八つの桟敷を
作ったのですが、その後
ヤマタノオロチ退治の最中は

記載がありません。
その空白部分の伝承のある場所があります。

長者の福竹。雲南市木次町西日登。


2020年12月撮影。

この山間の里はオロチが棲んでいた
と伝わる「天が淵」、

アシナヅチ、テナヅチそしてクシナダが
住んでいたといわれる「万歳山」から
東日登へ抜ける山道です。
そしてその先には
八岐大蛇退治その10でご紹介した
「八本杉」があります。

この長者の福竹。
アシナヅチとテナヅチがクシナダを連れて
オロチから峰を越えて逃げる途中、
一時的に立ち寄ったとの伝承が残っています。

「逃げる」ということは、見つからない様に
山間の道を選んだのですね。

その時に携えていた1本の杖を立てたところ
杖から根が生えてきたので「長者の福竹」と
呼ばれる様になったのだそうです。

ですが現在はその場所に竹は無いのです。
戦時中、さつま芋畑にしてしまい、
竹は掘り起こしてしまったのだとか。
伝承より食料事情が優先したのですね。

その跡の神蹟に現在は
南天が植えられています。
その脇にあるのはヤブツバキでしょうか。

よく見ると御幣が刺してあり
今尚大事にされていることが計り知れます。

古事記ではクシナダを櫛に変え
スサノヲは自身の御髪に刺して
大蛇退治に挑みます。
地元の伝承ではクシナダは
両親と逃げたと伝わっている様です。

遥か先には八本杉がありましたが
その途中には何があるでしょうか?

実はスサノヲとクシナダの
伝承が残る
神社があります。
大森神社 雲南市 木次町東日登1345。

鳥居の額束の文字はそうでも無かったのですが
拝殿の方はとってもアーティスティックで
ちょっと惹かれました♪

古事記ではヤマタノオロチ退治の後
新居を構えます。
こちらの神社の伝承はその地に向かう途中

この地にしばらく宿られ、
婚儀の準備をされたと
伝わっています。
新居の地は「須賀」の地、
須賀神社があります。

結構な距離ですね(^^;)

一通り写真を撮り、帰りがけに
読み直した境内社のご由緒でビックリ!

境内社にオオクニヌシの命の恩人(恩神?)の
女神のお社があるのですが
命を救ったのは2柱の女神。
その女神は「姉妹」と読めます。

スサノヲとクシナダの伝承が主かと思えば
オオクニヌシの伝承が
割と濃く伝えられています。

枳佐加比社(キサカイ社)。
キサカイ姫(キサカ姫)は赤貝の女神です。

スルーしてた神社のご由緒を
改めて読んでみると・・・

スサノヲとクシナダはモチロン
やはりオオナムチ(オオクニヌシ)が
祀られています。

むむ?
アメノヒバラオオシナトミ?
この神様はオオクニヌシの8世の孫。
そして、由緒の冒頭には
「当社は出雲國風土記に載っている
『日原社』で有ることが
定説と為っており云々・・」
社名がオオクニヌシの孫に寄っています。

さらに!
オオナムチ(オオクニヌシ)がその後
婚儀に関わることや妖賊退治に関わる遺業を
継承されし処・・・とあります。
「婚儀」はスサノヲの婚儀でしょうから
オオクニヌシはスサノヲの御子神という
立場なのでしょうか?
そして父神スサノヲの婚儀を手伝った?
読解力の低い自分を怨みます(T_T)

その次の「妖賊退治の遺業」は
「妖賊」がはっきりしないのと
「遺業」ですので、スサノヲが亡くなって
遺した業(事)と読めます。
はて?オロチ退治の事でしょうか?
ちょっと漠然としています。

そうそう、日原社といえば
雲南市大東町中湯石1446にある日原神社。

2015年5月撮影。

コチラにも前出のアメノヒバラオオシナトミが
祀られています。それにしても
オオクニヌシの孫なのに「天(アメノ」と
名前に付くのが不思議な神様です。

こちらの日原神社の主祭神は
オオヒルメムチこと
アマテラスオオミカミ。
そしてアマテラスらしく、境内には
「鏡の岩」と呼ばれる巨石があります。

こちらの「日原神社」の社名は
この地がアメノヒバラオオシナトミの
出生の土地の伝承が由来している様です。
傍に産湯を使った池があります。


井戸っぽいですね。

先程の大森神社(日原社)に話を戻します。
オロチ退治の伝承に関わる神社なのですが
今ひとつ腑に落ちません( ̄~ ̄)

御祭神は後付的に変わっていったり
するのは珍しい事ではありませんが
もっと確信的な何かが有るような気がして
なりません。

改めて地図を見てみると・・・
(。。;)!

私の勝手な仮説ですが社名の「日原」は
「緋腹」なのではと思えてきました!
赤い腹の事です。

ヤマタノオロチをアシナヅチが
スサノヲに説明する時、

「その腹を見れば、ことごとに常に
血がただれている。」と語っています。

オロチの腹はすべて、
常に血に染まっているというのです。
そしてヒバラに対して「オバラ」があります。
八岐大蛇退治その11でご紹介した
石壺神社や尾呂地神社の辺りは
「尾原」と呼ばれ、オロチの「尾」が
その由来です。
地図を確認すると・・・
その先に頭を埋めた八本杉があります。
川や平地をつないでみました。

日原社は丁度真ん中へん、
「腹」の位置です。

更に範囲を広げると八本杉の先には
オロチが酔って頭をもたげた

草枕山があります。

頭が二つになりました(^^;)
何かしら関わりがあれば

面白いと思うのですが
私の妄想の域を越えませんね。

大森神社の御祭神は、きっと
スサノヲとクシナダの二柱か
オオクニヌシとアメノヒバラオオシナトミの
どちらかと思うのです。
ちょっと凸凹な組み合わせに感じます。

ご由緒といい、御祭神といい
どこかに答えがないかと
ちょっとワクワクしてる私なのでした。

お付き合いくださって
ありがとうございます。
本日はこの辺で。
またの機会に。
ご自愛くださいますように。

 

過去のブログは下記からどうぞ。

古事記と出雲① ~黄泉の国譚 比婆山その1~

古事記と出雲② ~黄泉の国譚 比婆山その2~

古事記と出雲③ ~黄泉の國譚 黄泉比良坂~

古事記と出雲④ ~黄泉の國譚 黄泉の穴~

古事記と出雲⑤ ~黄泉の國譚 出雲以外のイザナミ御陵 その1~

古事記と出雲⑥ ~黄泉の國譚 出雲以外のイザナミ御陵 その2~

古事記と出雲⑦ ~禊と三貴子の誕生 その1~

古事記と出雲⑧ ~禊と三貴子の誕生 その2~

古事記と出雲⑨ ~天岩戸隠れ アマテラスとスサノヲの誓約(うけい)~

古事記と出雲⑩ ~天の岩戸隠れ スサノヲの追放~

古事記と出雲⑪ ~天の岩戸隠れ スサノヲの追放 三種の神器~

古事記と出雲⑫ ~スサノヲの降臨 追放されたスサノヲ~

古事記と出雲⑬ ~スサノヲの降臨 八岐大蛇退治その1 箸拾いの地~

古事記と出雲⑭ ~スサノヲの降臨 八岐大蛇退治その2 ヤマタノオロチとは?~

古事記と出雲⑮ ~スサノヲの降臨 八岐大蛇退治その3 伝承地「八頭」~

古事記と出雲⑯ ~スサノヲの降臨 八岐大蛇退治その4 八塩折の酒~

古事記と出雲⑰ スサノヲの降臨 ~八岐大蛇退治その5 佐久佐女の森~

古事記と出雲⑱ スサノヲの降臨 ~八岐大蛇退治その6 酒船?酒壷?~

古事記と出雲⑲ スサノヲの降臨 ~八岐大蛇退治その7 雨叢雲剣出顕の地~

古事記と出雲⑳ スサノヲの降臨 ~八岐大蛇退治その8 船通山

古事記と出雲㉑ スサノヲの降臨 ~八岐大蛇退治 ちょっと寄り道 五十猛尊~

古事記と出雲㉒ スサノヲの降臨 ~八岐大蛇退治その9 岩伏山~

古事記と出雲㉓ スサノヲの降臨 ~八岐大蛇退治その10 八本杉~

古事記と出雲㉔ スサノヲの降臨 ~ 八岐大蛇退治その11 尾呂地神社 ~

古事記と出雲㉕ スサノヲの降臨 ~ 八岐大蛇退治その12 ちょっと寄り道 クシナダ姫 ~

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